光照射によって、電子系全体の秩序が高速に遷移する現象は、光誘起相転移と呼ばれ、近年、精力的な研究が行われている。この現象の最大の特徴は、巨大かつ高速な光応答であり、高速・高繰り返し動作が可能な次世代型の光スイッチング素子の新しい動作原理として、非常に魅力的な現象である。しかしながら、このような超高速スイッチングの実現を目指した系統的な物質探索や、応用展開を視野に入れた基礎研究は、これまでほとんど為されていないのが現状である。本研究では、有機電荷移動錯体および遷移金属錯体を対象として、これらの系で発現する超高速な光誘起協同現象の探索と、これらを利用してテラビットオーダーの高速・高繰り返しの光スイッチングを実現することを目指した。以下に、本年度の主な成果を述べる。 I.一次元臭素架橋Pd錯体[Pd(en)_2Br](C_5-Y)_2において、モット絶縁体相にフェムト秒パルス光照射を行うと、励起光子エネルギーが励起子吸収ピークに一致する場合には、モット絶縁体→電荷密度波転移が、より高いエネルギーでの励起の場合には、モット絶縁体→金属転移が生じることを見出した。この結果は、励起光子エネルギーの選択による相制御という新しい超高速光スイッチング手法の可能性を示す成果である。また、二次元的な電子構造を有する有機電荷移動錯体M_2P-TCNGF_4において超高速光誘起絶縁体-金属転移を見出した。 II.上記の臭素架橋Pd錯体[Pd(en)_2Br](C_5-Y)_2において、二つの異なる光子エネルギーのフェムト秒励起光パルスを選択し、両者の時間差をつけて照射することで、低温(10K)のモット絶縁体相において、光誘起モット絶縁体-電荷密度波-モット絶縁体という超高速光スイッチングを実現した。後者の回復過程の効率はまだ100%に届かないものの、光子エネルギーを精密に選択することで、ダブルパルス光照射による超高速光スイッチングを起こすことが可能であることを実証した。
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