本研究の目的は、量子液体中の音響タブレンスを探索するための前段階として、純粋液体中のキャビテーションの素過程を解明することであった。一般に、キャビテーション実験は温度/圧力/不純物濃度等に激しく依存するため、実験が困難である。しかし、液体Heは自動的に超純粋であり、液体He中での不均一核生成は容器の壁で発生すると限定できる。また、液体Heは状態方程式などが判っており、理論モデルとの比較が容易である。従って、液体Heを用いることで複雑さを回避し、素過程の解明に近づけられる。その中で、技術的にもっとも重要なことは温度と圧力の制御であり、既存の設備では不十分であった。従って、本年度前半は新しい冷凍器の開発を重点的に行った。その結果、以前に比べ温度や圧力などの測定環境を精密に制御すること、より低温での測定および加圧下での測定も可能になった。 計測対象は、キャビテーション発生に伴う異常音響吸収の発生確率と吸収波形である。背景となるのは、密閉液柱の両端に励起用/検出用ピエゾ振動子を設置した時に発生する、音速および経路長から決まる周波数を持つ定在波である。入力電圧が比較的低い小振幅励起の場合には入出力特性は線形だが、大振幅励起の場合には非定常な異常吸収が観測されるのである。今年度の詳しい計測により、異常吸収が起き始める電圧には分布があり、その確率分布は「非対称S字形曲線」で良く現されることが判った。これは、あるエネルギー障壁(活性化エネルギー)を、熱揺らぎにより乗り越える際に現れる一般的な表式であり、確率現象の典型例の一つである。今回は活性化エネルギーそのものの計測にはいたらなかったが、閾電圧の温度圧力依存性から、熱エネルギーおよび音響エネルギーによって気泡核がマクロな泡に成長する過程の一部を明らかにすることに成功した。この事実は2012年3月の物理学会にて発表し、現在、論文執筆の準備中である。また、異常吸収波形は投入した音響エネルギーが泡の急激な半径方向の運動により吸収されたために発生したと考えることができ、まさに音響タブレンスが発現する要件を満たしている可能性があることがわかった.これは、国際会議LT216/ULT2011で発表を行った。
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