研究課題
本年度は、応用の観点から最も重要だと思われる「縦型スピンゼーベック効果」の線型応答理論を構築した。2008年のスピンゼーベック効果の発見当初から用いられてきた「横型スピンゼーベック効果」では温度勾配とスピン注入の方向が垂直であったのに対し、縦型スピンゼーベック効果では温度勾配と平行にスピン流が注入される。この縦型スピンゼーベック効果は(異常ネルンスト効果の混入を避けるために)磁性絶縁体でのみ定義可能である一方で、構造がよりシンプルである、バルクの試料を利用出来るなど、応用に最も適した現象であるといえる。非常に興味深い事に、スピン注入の符号が縦型スピンゼーベック効果と横型スピンゼーベック効果で反転するという結果が実験的に得られていた。スピンゼーベック効果とは磁性体に接着した非磁性金属(通常は白金が用いられる)への熱によるスピン注入現象であるが、これは磁性体内の局在スピンが熱流により局所熱平衡状態から励起される事で生じる。白金電極への全体のスピン注入は、磁性体内のマグノンの有効温度と白金電極のパラマグノンの有効温度のバランスで定まり、温度勾配がなければ当然二つの成分がキャンセルして正味のスピン注入は存在しない。我々は、縦型スピンゼーベック効果ではフォノンによる熱流が白金電極に直接流れ込んでいるという点に着目し、この符号反転現象がフォノン熱流が白金電極内のパラマグノンを強磁性体内のマグノンよりもより激しく励起して生じる、という現象論を展開した。この現象論は、白金内のパラマグノン・フォノン相互作用が磁性体内のマグノン・フォノン相互作用よりも強い場合に正当化されるが、微視的モデルに基づきこの条件を理論的に導出した。
2: おおむね順調に進展している
スピンゼーベック効果の微視的なメカニズムについて線型応答理論を用いた手法を用いて研究を行ってきたが、これまでのところ、我々の理論は実験を概ね良く説明出来ているように見える。また、我々の理論はスピンゼーベック効果の線型応答理論として広くコミュニティーにも受け入れられており、複数の原著論文に加えて幾つかの総合報告や本の原稿を既に出版しているとともに、幾つかの国際会議での講演にも招待されている。これらの状況を踏まえると、本研究の達成度は概ね順調に進展していると評価出来る。
今後の研究の推進方策は、スピンゼーベック効果の熱電デバイスとしての応用の観点にたち、その熱効率に関する研究を行うことである。これまで我々が行ってきたスピンゼーベック効果の微視的メカニズムの解明は、ある程度一段落したと認識している。一方で、応用に向けては、以下のような課題が残っている。スピンゼーベック効果はスピンホール効果を通して熱エネルギーを電気エネルギーに変換する事が可能であるため、熱機関としての効率を議論する事が可能である。これまでの試験的な計算から、熱力学の第二法則に矛盾しない形での効率の定式化には、スピンペルティエ現象に関する議論も必要である事が明らかになってきた。スピン偏極した電流によって引き起こされるスピン依存ペルティエ効果とは異なり、電流がゼロの純スピン流によって引き起こされるスピンペルティエ効果はこれまで実験的にも検証されておらず、その検出方法を議論する事は理論的にも非常に重要である。本年度はまずはこのスピンペルティエ効果の簡単な定式化を行った上で、オンサーガの相反定理を経由して、スピンゼーベック効果を用いた熱電デバイスの効率の定式化を行う予定である。
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