本年度は、「マルチバンド系強相関層状遷移金属酸化物における微細電子構造の解明」を目的として、マルチバンド系の典型例であるスピン三重項超伝導体Sr_2RuO_4において、放射光の「偏光特性」・「励起光の可変性」を利用した高分解能角度分解光電子分光(ARPES)を用いた電子構造の研究を行った。 その結果、Sr_2RuO_4において、クーロン相互作用・スピン軌道相互作用によって、一次元的なRu d_zx面外軌道と二次元的なRu d_xy面内軌道がフェルミ準位近傍において混成することがわかった。この混成を考慮することで、三枚のフェルミ面の内、顕著な有効質量の増大を示すγフェルミ面に観測される複数のバンドの折れ曲がり構造(キンク構造)が、面内・面外のフォノンモードによって説明可能であることがわかった。当初の計画では、これら低エネルギーのキンク構造に着目して、超高分解能ARPESを展開する予定であったが、低エネルギーの電子の繰り込みを定量的に評価するためには、広域的な電子構造の理解が不可欠であることが判明した。そのため、広域的な電子構造の高分解能ARPES測定を現在進めているところである。 一方、強相関超伝導体の電子構造における電子・格子相互作用の何が異常を理解するため、典型的な二次元フェルミ液体であるCu(111)表面のショックレー準位を対象として、高分解能ARPES測定も進めてきた。温度依存高分解能ARPES測定により、温度の上昇に伴い、キンク構造が不明瞭になること、すなわち、電子・格子相互作用の結合定数が小さくなることがわかった。この結果は、フェルミ分布関数及びボーズ・アインシュタイン分布関数の温度依存性による自己エネルギーの虚部の変化に由来するものと考えられる。
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