ナノメートルのスケールの生命現象では、プロトンの微視的な振る舞いが重要な役割を担う。蛋白質中のプロトンの拳動は、アミノ酸のプロトン親和性に支配され、それは周囲の蛋白質環境との相互作用で決まる。本研究では、アミノ酸のプロトン親和性に対する環境の効果を量子論的手法により原子スケールで解明する。水溶液環境から蛋白質環境への連続的なアプローチにより、蛋白質環境の特異性を明らかにし、環境の変化によるアミノ酸のプロトン親和性の制御機構を解明する。それにより、蛋白質の立体構造情報の量子論的解析法の確立と、その構造・機能相関を原子スケールで解明するためのフレームワークの提唱を目指す。 本年度は、機能と構造との相関が示唆されたタンパク質の重要な例として、チトクロム酸化酵素を取り上げた。この酵素は、呼吸作用の最終段階を担うプロトン輸送タンパク質である。その生物機能としては、酸素分子の還元反応とそれに共役したプロトン輸送反応があるが、未だタンパク質内部のプロトンの移動機構は完全に解明されていない。そこで本年度は、プロトン経路入口に存在する特異な水素結合環境に注目し、入口を構成するアミノ酸残基のプロトン親和性との関係を、密度汎関数理論に基づく第一原理電子状態計算を用いて解析した。その結果、構成アミノ酸残基のプロトン親和性は周囲の水素結合環境により機能的に制御されることが明らかになった。この結果かち、本酵素の生理的な構造と相関したプロトン輸送機構が示唆された。
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