本研究は斜入射中性子小角散乱法(GI-SANS)を用いて細胞の膜融合の際に生じると言われているstalk構造の観測を行うことを目的としている。ただし、国内にGI-SAMS実験が可能な装置は今のところ存在していない。また、stalk構造を人工的に作成するためには95%RHまで湿度調整が可能な試料セルを用意する必要がある。研究の初年度である平成22年度は、その下準備としてGI-SANS実験に向けた実験装置と試料環境の整備を行った。 装置環境の整備にあたっては、参考になる装置として台湾National Synchrotron Radiation Research CenterのU-Ser Jeng博士に依頼し、博士が維持管理している小角/高角X線散乱装置を用いた実験を行った。この装置では斜入射X線散乱実験が可能で、95%RHまで湿度調整が可能なセルをオプションとして利用することが可能である。この実験では斜入射X線散乱を用いた文献を参考にstalk構造が実際に観察されることを確認すると共に、炭化水素鎖の短いリン脂質を添加することによってこれが抑制されるとの予備的結果が得られた。また、一般に高湿度での湿度調整には困難が伴うが、この実験経験をもとに新たな調湿機構の作成を開始した。 一方、GI-SANS実験については、申請者は現在、世界最大級の陽子加速器施設であるJ-PARCの中性子源に、GI-SANS実験が可能な中性子反射率計を建設中である。既に、GI-SAMS実験に必要な機器は揃っているが、その検証実験はまだ十分に行えないまま東日本大震災によりJ-PARCが運転不能となってしまった。現在、装置等の被害状況を検証中であるが、幸いなことに今のところ中性子反射率計には大きな損傷は確認できていない。今後は、加速器が復旧次第GI-SANSの検証実験に入る予定である。
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