本研究の目的は、分子内の"振動励起"をキーワードとした分子操作に着目し、走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた非弾性トンネル分光(STM-IETS)による単一分子の振動分光を巨大分子系へ適用し得られた情報を基にした分子構造解析法を模索すること、さらには、電子注入による局所擾動に対する応答反応を観測・解析することで"官能基操作"の可能性を探ることである。 本年度は以下のような成果を得た。 1. チトクロムcの実空間観察 Ph調整した溶液にて分散・変性させたチトクロムcを金薄膜上に滴下しSTM/AFM観察を行った。実験は、室温でのみ行ったが、天然・変成状態の識別できるほど安定した像は得られなかった。これは、チトクロムcの吸着状態が物理吸着に近い状態であることが示唆される。2.の結果とも併せると、低温環境下でのより詳細な観察が必要である。 2. p53の実空間観察と会合状態の解析 p53分子は、一定の構造をとる規則領域と結合する分子によって構造が決定される不規則領域がある天然変性タンパク質である。濃度を調整したp53溶液を金薄膜上に滴下しSTM/AFMによる観察を行った。STM観察では、これらの粒子は非常に不安定で、特に単分子状態の安定した像を得るのが困難であった。液体窒素温度(77K)では、不安定さは解消されつつあった。一方、AFM観察では溶液濃度に依存した特長のある像が得られた。探針の曲率を仮定して観察された粒子の断面積、周囲長、円形度、体積、最大の高さを解析すると、溶液中で期待される濃度に依存した重合状態が表面上に保持されていることが明らかとなった。STM・AFM観察からの結果は、分子の電気伝導度が非常に低いこと、分子構造に起因した安定吸着に係る金-硫黄結合に対する立体障害が大きいことも示している。 昨年度末に発生した災害に伴う研究設備の点検・復旧作業により大きな遅延が生じてしまったものの、今後これらの成果をふまえ、生体分子のような巨大分子でもより安定した吸着状態をデザインできれば、STM-IETS法の適応範囲を拡げていくことに繋がると考えられる。
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