細胞内は水以外の分子が体積の3割ほどを占める非常に込み合った溶液環境(分子クラウディング)である。本研究は、分子クラウディング環境が生体分子の立体構造や機能発現に及ぼす影響を、原子レベルで解明することを目的としている。前年度はKirkwood-Buff(KB)積分法(1)を改良し、分子動力学(MD)シミュレーションによって得られた水分子およびTMAO分子の位置情報を用いて、タンパク質の純水からTMAO水溶液中への移相自由エネルギー(Transfer Free Energy (TFE))(2)を計算する手法を開発した。TFEの理論値は実験値と良い一致を示した。これに加え、KB積分の時空間分解によって、TFEのダイナミクスや3次元的な分布を映像化する手法も開発した。 今年度は、前年度に得られたTFEの空間分布データのうち、溶質(アポミオグロビン)表面から8.0オングストローム以内のものを、1.0(立方オングストローム)の解像度で分割し、最近接溶質原子にマッピングした後にアミノ酸毎に集計した。これによりTFE発生量のアミノ酸残基依存性を調査した。解析の結果、溶媒露出表面積(SASA)の大きな親水性残基周囲で、大きな正の移相自由エネルギーが発生しており、アミノ酸モノマーで得られる実験値と良く対応していた。一方で、疎水性の高い残基は、内部に埋もれているためSASAが小さく、天然構造の移相自由エネルギーには強く影響しないことが示された。 (1) 液体分子の密度揺らぎの積分値から、熱力学量を計算する理論。 (2) 溶質を、ある溶液相から別の溶液相に移す際に変化する溶質の自由エネルギー。
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