量子化学理論では、一電子波動関数(オービタル)から全電子波動関数を構築するのが一般的であるが、本研究では二電子対波動関数(ジェミナル)を基本に用いることで、新しい高精度多配置量子化学計算の理論体系とプログラムを確立することを目的としている。 本研究ではジェミナル量子化学の基本理論として反対称化強直交ジェミナル積(APSG)法を採用している。本年度は、昨年度研究を開始した開殻系のAPSG波動関数に対する摂動的動的電子相関の補正法を完成させ、論文で発表した。30以上の開殻系小分子に対して行った性能評価により、本手法は分子構造パラメータをより正確に再現することが確かめられた。これにより、定量的解析が可能な開殻系のジェミナル理論が完成した。 また、ジェミナル理論をナノ材料などに適用するため、本年度は主に大規模量子化学計算理論である分割統治(DC)法の整備と拡張を行った。具体的にはまず、高精度量子化学計算に用いられる2次Moller-Plesset摂動(MP2)法に対して、DC法を用いたエネルギー勾配表式を提案し、量子化学計算に不可欠な構造最適化計算を可能とした。また、このDC-MP2法の有効性を検証するために、HIV-1及び西ナイルウィルスに対する新奇抗ウィルス薬の阻害機構の解析に本手法を応用した。さらに、これまでは基底状態理論の枠組みの中で開発を行ってきたDC法を励起状態理論へと拡張した。例として、本手法と高精度励起状態理論のSAC-CI法を組み合わせて用い、光活性イエロータンパク中の色素の励起波長シフトを再現した。ONIOM法のような既存の大規模励起状態理論とも比較を行い、本手法がより高い精度で励起エネルギーを再現することが確認された。 以上により、ジェミナルに基づく閉殻系及び開殻系の量子化学理論の確立と、それをナノ材料に適用する基盤の構築が行われた。
|