水素原子の量子性(零点振動・トンネリングなど)は同位体効果など化学的性質に反映される。しかし、通常の「静的な」量子化学計算には原子の量子効果が含まれていないため、大きな構造ゆらぎをもつ水素結合の定量的な構造解析は難しく、実験との詳細な比較が難しいのが現状である。そこで本研究の目的は、原子の量子ゆらぎと温度ゆらぎを厳密に取り扱うことのできる経路積分法を取り入れたab initio計算法を提案・確立し、これを用いて水溶液や核酸塩基対などの水素結合性分子集団やその重水素置換体の熱力学的構造ゆらぎや反応性を理論的に明らかにすることである。 本研究では、ab initio経路積分法を用いて、水素結合性分子集団における水素移動反応のシミュレーションを行い、トラジェクトリデータから反応機構などを解析する。本研究の目的に沿うためには、まず(1)自由エネルギー計算、実時間ダイナミクス、溶媒効果の取り込み、計算の効率化などを行うためにプログラムを整備・拡張する必要がある。それをもとに、(2)並列計算機を用いて、水イオンや核酸塩基対など水素結合性クラスターのab initio経路積分シミュレーションを実行し、可視化用コンピュータで分子動力学トラジェクトリのデータ解析を行う。まず、(1)の作業を平成22年度で行った。また、本研究に必要なハードウェアを整備するため、高性能並列PCクラスターを購入した。平成22年度はこの研究において、7件の学会発表と6件の論文発表を行った。
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