本研究は新機軸の人工遺伝暗号を用いた翻訳合成系の創成を目的とする。具体的に本年度は、天然では単一の遺伝暗号が翻訳反応において機能するのに対し、人工的に作成した開始反応専用・伸長反応専用の独立した二つの遺伝暗号表を利用する、遺伝暗号のリプログラミングにおける新規概念を実証した。これにより、開始反応に利用できる改変開始残基のバリエーションを増やすことが可能になった。この概念を「二重遺伝暗号」と名付け、実際にこの二重遺伝暗号を用いる新規人工翻訳合成系の開発にも成功した。 この二重遺伝暗号は、1.AUGコドン以外にも複数のコドンが直交的に開始コドンとして機能できる(人工開始コドンが利用可能)、2.それらコドンが開始と伸長で別々のアミノ酸残基を指定可能(dual sense codonが成立する)、という特筆すべき事象を実験的に証明することで実証された。これらの科学的知見はこれまでに報告されておらず、生命活動を支える遺伝暗号を根底から書き換えるという視点、及び翻訳の生化学的観点から学術的に非常に意義深い。本翻訳系は一度に複数の翻訳開始剤を利用する事で、多様性なN末端骨格を持つペプチドを一気に合成する事が可能である。この特性のため、本研究で開発した新規人工翻訳合成系をペプチドライブラリー合成に応用すれば、従来よりも幅広いシークエンススペースをカバーした化合物ライブラリーを容易に構築することができ、新規生理活性ペプチドを探索する上で大きなメリットが期待できる。
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