固体高分子型燃料電池用の高性能電解質膜を開発するためには、既存電解質膜の構造を詳細に解明し、構造-機能相関関係を検討することが重要である。そこで本研究では、散逸粒子動力学(DPD)シミュレーションを用いて、放射線グラフト法で作製した電解質膜のメソスケール構造を調べた。また、電解質膜のプロトン伝導度σ_pと水透過係数P_wを実験的に測定し、シミュレーションで得られた膜構造と水・プロトンの輸送特性を関連づけて議論した。本年度は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を基材とする電解質膜をシミュレーションの対象とした。PTFE電解質膜の分子構造を基にし、-(CF_2)_6-、-CH(C_6H_4SO_3H)CH_2-、7H_2Oをそれぞれ別種の粒子と見なし、これら粒子を用いて粗視化モデル分子を構築した。モデル分子と適当量の水粒子を含む系を作成し、DPD法により系の時間発展を計算した。平衡状態では、水とポリスチレンスルホン酸グラフト鎖は凝集し、巨大な親水性領域を形成した。これは、水のみが凝集して直径4-5nmの球状クラスターをつくるNafionとは対照的な構造である。水粒子間の動径分布関数から、水クラスターの直径は約1.8nmと求められた。このことから、親水性領域の内部には、グラフト鎖で分断されるように小さな水クラスターが存在することが示唆された。電解質膜のσ_pは2端子ACインピーダンス法、P_wは重酸素水またはトリチウム水を用いた水トレーサー透過試験により求めた。PTFF電解質膜は、Nafionと比較してσ_pは高くP_wは低いことがわかった。これは、プロトンを伝導し易い一方、水を透過しにくいという燃料電池膜として好ましい輸送特性である。シミュレーションで得られた構造を踏まえると、水はスルホン酸基と強く相互作用するため、膜内での運動が抑制されたと考えられる。その結果、プロトンの伝導は主にGrotthuss機構(水分子間の水素結合の生成・解裂によりプロトンが動く機構)によって生じていると推察される。
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