本研究の目的は、光照射下での有機半導体薄膜の電子構造変化を、光電子分光法をもちいて観測することである。特に、有機薄膜太陽電池の光電変換層として知られている、亜鉛フタロシアニン(ZnPc)とフラーレン(C60)との界面電子構造に対する光照射効果について研究を行ってきた。平成23年度は、平成22年度に見いだした光照射に伴う光電子スペクトルのシフトについて、有機層の構造や励起波長依存性について詳細な実験をおこなった。 ZnPcとC60の積層順を変化させた試料についての測定から、光電子スペクトルのシフト方向は、ZnPcとC60との界面において発生する起電力の方向に一致することがわかった。このことは、光照射下の光電子スペクトルに見られるスペクトルのシフトは、有機層に光が吸収されることによって発生した励起子がZnPc/C60界面で解離し、ZnPc側に正孔が、C60側に電子が空間的に分離することで発生した起電力が原因で生じていることを示唆する。しかし、太陽電池動作環境と同程度の強度で光照射を行った場合でも、そのシフト量は60meV程度であり、ZnPcとC60とのヘテロ接合型太陽電池の開放電圧(0.4~0.5V程度)より約一桁小さい値であった。 また、ZnPcとC60を混合した層(バルクヘテロ層)についても、光照射下と遮光下での光電子スペクトルの比較を行ったところ、光照射による影響は見られなかった。バルクヘテロ層を有する有機薄膜太陽電池は、単純な二層構造の太陽電池よりも高いエネルギー変換効率を持つことが知られているが、本研究の結果は、バルクヘテロ層自体には、光生成電荷を整流する機能はないことを示している。 これらの結果は、有機薄膜を太陽電池素子として働かせるためには、有機層内で発生する電荷を整流する外場あるいは電荷に対する半透膜界面が必要であることを示唆している。これは、電荷の生成と整流とを別々に制御することが可能であるとも言え、有機薄膜太陽電池を高効率化させる上で重要な知見である。
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