本研究の最終的な目的は、沸騰水型軽水炉の低炭素ステンレス鋼溶接部における応力腐食割れ(以下、SCC)を対象として、溶融境界近傍の微視組織ならびに低温時効が高温水中SCC進展挙動に与える影響を明らかにし、実機健全性評価の基礎となるSCC停留モデルを確立することである。 今年度は、SUS316L溶接試料を対象として、400℃ならびに475℃における時効硬化挙動を評価した。310℃ならびに335℃における時効データと比較することで、δ相の低温時効劣化速度と活性化エネルギーを求め、硬化挙動予測を行った。310-400℃の温度範囲における活性化エネルギーは80.9kJ/molと算出され、288℃における硬化速度を0.0120HV/h(105HV/y)と予測した。硬化の潜伏期間の解釈ならびに時効温度依存性については、今後引き続き検討が必要であるものの、これまでの研究結果と併せて考えると、δ-フェライトのスピノーダル分解による硬化が直ちに高温水中SCCを加速させる可能性は低いと考えられた。 昨年度に引き続き、高周波誘導加熱を用いてδ相分布密度の異なるSUS316L試料を作製し、δ相分布形態に及ぼす熱処理最高温度、最高温度保持時間、冷却速度の影響を評価した。さらに、上記で作製したδ相晶出試料について高温水中SCC挙動を評価し、δ相との関連を調査した。溶接熱模擬条件とそれより低い冷却速度(50℃/s)では、δ相分布形態に明確な違いは認められなかった。粒界上島状δ相分布組織の作製においては、最高温度が最も重要なパラメータであることが示唆された。一方で、SCCき裂はδ相晶出部以外においても一様に発生していたことから、δ相晶出以外の要因がSCCき裂発生感受性を高めた可能性が示唆された。
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