本年度は,はじめに動学的確率的マクロ経済モデルを用いて,長期的な防災投資計画に関する理論分析を行った.災害の不確実性と影響の長期性,その間のマクロ経済成長を考慮して,長い耐用性をもつ防災施設を蓄積する最適計画について検討した.社会が選択すべき防災技術水準についても分析した. 次いで,2011年の東日本大震災がもたらす長期的な経済的影響について,動学的一般均衡分析を行った.とりわけ,「動かない要素」であるインフラや資本ストックの損壊と,被災をきっかけにしたエネルギー技術の方向性の変更が国際貿易に与える影響について分析した.成果を2012年9月の国際総合的リスクマネジメント国際会議(北京師範大学)等の国内外の学会で発表した.また,東北被災地域の製造業を対象に,震災後に撤退した事業所の特徴について調べた. また,東日本大震災がもたらしたエネルギー問題を集中して,二つの研究を行った.ひとつは震災後の電力供給不足に対する産業部門のレジリエンスの分析を行った.もうひとつは,今後のエネルギー政策の在り方を論じるために,原子力リスクの下で新エネルギー開発投資にどれだけの資金を充てていくべきか,どのくらいの年数によって原子力発電を閉じてエネルギー転換を図れるのかを分析するためのモデルを定式化した. さらに,地域のインフラである地域資産や文化の継承や,それに関わる個人のアイデンティティの形成の問題を研究した.とりわけ津波災害後の高台移転などによって,人々の習慣や地域社会の人間関係を形成していた環境や文化が失われるときに,人々が居住地選択をどのように考えるのかに着目した.グローバル経済におけるローカルなアイデンティティの存続の可能性について検討した.ここでは社会心理学の実践共同体理論と経済学の選択モデルを融合したモデルの開発を試みた.
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