ボストンの建築家ラルフ・アダムス・クラム来日前の業績と時代背景について検討した。1889年にはじまる建築の実務を俯瞰すると、来日までの初期作品は、英国中世の様式を忠実に再現した教会建築とヴィクトリアン様式の住宅に二分される。とくに前者は生涯に渡って多数設計されたことから、米国を代表するゴシック・リヴァイヴァリストとして知られる要因になった。クラムの実務が開始された1890年代は米国に英国のアーツ・アンド・クラフツ運動が影響しはじめた時期でもある。先行研究によれば、中世主義者のクラムやバートラム・グッドヒューをはじめ、後に有機的建築の代表者となるルイス・サリヴァン、フランク・ロイド・ライト、クロード・ブラグドンら気鋭の建築家たちがいずれもアーツ・アンド・クラフツ運動に加担したことになっている。米国のアーツ・アンド・クラフツ運動は、建築や家具に対する制作姿勢の見直し、制作態度のあり方に主眼があったため、結果としての建築表現は、アカデミックな古典主義に反対するという点で一致してはいたが、英国的な中世主義にはじまり、自然形態に範をとる有機主義、さらに世界各地の地域的表現への関心、といった具合にかなり幅広い様相を呈した。他国への好奇心とその可能性として、日本建築も含まれていた。 研究者ジャクソン・リアーズは、中世ヨーロッパ聖堂を理想とするクラムが、日本の伝統建築に関心を寄せたのは、いずれの建築もひとつの共同体による高い信仰心の表れであったこと、さらに、いずれもが近代化、工業化される社会のなかで危機に瀕していたことに起因する、と主張している。高貴で純粋な精神性が反映された建築を理想とすること、また、そうした理想化された中世が近代において脅かされていることは、クラムの日本建築観を読み解く上でも重要であると言える。
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