本年度は、トリチウムトレーサー技術を用いて、真空焼鈍によってフェライト・マルテンサイト鋼中の水素の深さ分布がどのように変化するかを調べた。 トリチウムを極微量含んだ水素のDCグロー放電プラズマに、鋼表面を453Kから673Kの一定温度で曝すことにより、表面から水素(トリチウム)を注入した後、この注入表面に垂直な断面を素早く切り出し、断面のトリチウム分布をイメージングプレート法により室温で測定した。つぎに表面から深さ方向の一次元のトリチウムβ線強度分布から水素深さ分布を求めた。注入直後の水素深さ分布が拡散によって生じたものとして、理論曲線をフィッティングしたところ、各注入温度で得られた水素拡散係数は格子間拡散係数に近いものであったことから、水素は鋼中に格子間拡散進入によって進入したことが示唆された。また、室温保持において、これらの水素分布の時間変化が小さかったことから、注入温度から室温に冷却する際に、高温では格子間に溶解していた水素が室温では捕獲された状態であることが示唆された。つぎに、高温で真空焼鈍すると、深さ方向に進入した水素は再び溶解状態となり速やかに放出されたが、プラズマ注入を行った表面(注入面)近傍では水素が放出されにくく、高温でも蓄積されたままであったことから、プラズマによって表面近傍に形成された欠陥に多量の水素が強く捕獲されていることが示唆された。 本研究では、水素深さ分布が拡散進入水素によるものと捕獲水素によるものとを明確に区別することに成功した。本研究成果は、応力負荷された鉄鋼材料において、塑性変形によって形成された欠陥に捕獲された水素と拡散性水素とを区別するのに応用可能である。
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