本研究はWnt3aによる心筋分化誘導促進効果に着目して、ES細胞やiPS細胞を効率的かつ安価に心筋細胞へ分化させて心筋を再生する手法を確立し、重症心疾患を治療することを目的としている。前年度までに、天然のWnt3aに代わる安価で安定なリガンド分子であるBSA-Fluorescein複合体(BSA-FL)を認識して、Wnt3aシグナルを伝達できるキメラ受容体の作製に成功した。そこで今年度は、このキメラ受容体をES細胞やiPS細胞に発現させることで、実際にBSA-FL依存的に心筋細胞への分化効率が上昇するか、機能解析を行った。 我々はまず、上記のキメラ受容体を安定発現するマウスES、iPS細胞株を作製した。これらの細胞では、Wnt3a非存在下でBSA-FL依存的にWnt3aシグナルが活性化することが示された。さらにこれらのキメラ受容体発現ES、iPS細胞を用いて分化誘導を行うと、分化初期にリガンドであるBSA-FLを加えて培養すると心筋細胞への分化効率が特異的に上昇すること、またその効果はWnt3aを加えた場合と同等であることが確認できた。また、Wnt3aに対するアンタゴニストであるDkk1をリガンドと同時に加えて心筋分化誘導を行った結果、Wnt3aによる心筋分化促進効果はDkklにより阻害された一方で、BSA-FLによる分化促進効果はDkk1による阻害効果を全く受けないことが示された。このことから、BSA-FL依存的な心筋への分化促進効果は、キメラ受容体を介してシグナルが活性化されたためであることも証明された。以上の結果から、ES、iPS細胞へキメラ受容体を発現させることで、Wnt3aを用いずにBSA-FL依存的に大量の心筋細胞を作製可能と考えられる。この場合、単純にリガンドの単価で比較すると、およそ6万分の1のコストで心筋細胞を作製できるため、移植医療への応用が期待できる。
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