研究概要 |
応力腐食割れ対策鋼として開発された低炭素ステンレス鋼でもなお、原子炉環境の高温水(約300℃)中においては、応力腐食割れの発生が見受けられる。近年、高温水中における応力腐食割れ亀裂進展は、亀裂先端部の結晶粒界への原子空孔の凝集が誘発しているのではないかという説が提唱されている。本年度は陽電子消滅法を用いて、(1)ステンレス鋼応力腐食割れ亀裂近傍に形成される原子空孔の欠陥種の同定と、(2)異種元素添加がステンレス鋼中の原子空孔の熱安定性に与える影響について調べた。(1)に関して、20keVの陽電子マイクロビームを用いてSUS304ステンレス鋼応力腐食割れ亀裂近傍領域からの陽電子消滅ガンマ線スペクトルを取得した。このスペクトルと2MeV電子線照射により単原子空孔を導入したSUS304鋼から取得した陽電子消滅ガンマ線スペクトル形状とを比較した結果、両スペクトル形状は良い一致を示した。これは両試料中に含まれる欠陥種が同一であることを示しており、応力腐食割れ亀裂近傍には単原子空孔が形成されることが見出された。(2)に関して、照射誘起偏析抑制効果が報告されているHf,Zr,Ti,Nbのオーバーサイズ原子をそれぞれ0.5at%ずつ添加したSUS316Lステンレス鋼を用意し、温度約50℃で2MeV電子線を1.5×10^<18>e-/cm^2照射し原子空孔を導入した。これらの各合金試料を室温から600℃まで50℃刻みで15分ずつ加熱後、陽電子寿命を測定し、原子空孔の回復挙動を調べた。その結果、無添加SUS316L鋼中の原子空孔は300℃で移動し始めるのに対し、オーバーサイズ原子添加鋼中の原子空孔は300-350℃まで安定に存在することが見出された。この結果はオーバーサイズ原子と原子空孔との間に働く相互作用のためにもたらされたと考えられる。
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