応力腐食割れ対策鋼として開発された低炭素ステンレス鋼でもなお、原子炉環境の高温水(約300℃)中においては、応力腐食割れの発生が見受けられる。この高温水中での応力腐食割れ亀裂進展は亀裂先端部の結晶粒界への原子空孔の凝集に起因する粒界結合力の低下が誘発しているのではないかという説が近年提唱されている。本年度は高温純水腐食がステンレス鋼中の原子空孔形成に与える影響について陽電子消滅法を用いて調べた。始めに真空中で1150℃・2時間の溶体化熱処理を施したSUS316Lステンレス鋼試料を用意した。引張応力下では空孔生成エネルギーが低下するとの計算機シミュレーションに基づく報告があることから、一部の試料には曲げ変形により表面に7%の引張ひずみを付与した。これらの無ひずみ材・曲げひずみ付与材を脱気288℃純水中に1200時間置き腐食させた後、陽電子消滅測定を行い消滅ガンマ線ピーク強度の陽電子入射エネルギー依存性を計測した。その結果、高温純水腐食により表面から200mmまでの領域で原子空孔の生成を示唆する消滅ガンマ線ピーク強度の増大が観測された。また、無ひずみ材と曲げひずみ付与材との比較では消滅ガンマ線ピーク強度に大きな差は観測されなかった。次に、無ひずみ材腐食試料から取得した消滅ガンマ線スペクトルを、2MeV電子線照射により単原子空孔を導入した参照試料から取得したスペクトルと比較したところ、両者のスペクトル形状は高運動量領域で一致しなかった。これは腐食試料中に含まれる欠陥は単原子空孔ではないことを示している。そこで無ひずみ材腐食試料を1200℃まで100℃刻みで30分ずつ加熱処理を行ったところ、消滅ガンマ線ピーク強度の減少は1100℃まで観測されなかった。これは腐食処理で生じた消滅ガンマ線ピーク強度の増大は試料表面における酸化膜の形成に起因していることを示唆する結果である。
|