本研究では細胞核での遺伝子発現を統合的に理解するために哺乳類の不活性X染色体上で不活性化を免れる遺伝子をモデルにクロマチンレベル、核構造レベルでの転写制御を明らかにするために研究を行ってきた。ほ乳類では雌(XX)雄(XY)間の性染色体の遺伝子量を補正するために雌細胞では2本あるX染色体の一方を転写レベルで不活性化する。しかしヒトでは例外的に不活性化を免れる遺伝子が存在しており、昨年度までに不活性化を免れる遺伝子EIF2S3と近傍で不活性化される遺伝子KLHL15の間でクロマチン構造の境界が形成される事、そして2つの遺伝子の遺伝子間領域にあるMatrix attachment region (MAR)が核マトリクス(核の骨格)に結合し、それぞれの遺伝子を別のループに配置していることを明らかにした。 本年度は、このクロマチンループの構造を形成するのに重要であると考えられるSATB1遺伝子を一過的にノックダウンすることで、不活性化を免れるEIF2S3と不活性化されるKLHL15領域のクロマチン構造、および転写状況がどのように変化するかを調べた。その結果、SATB1をノックダウンした雌細胞では、1) 昨年度までに検出された、EIF2S3とKLHL15遺伝子間領域にあるMAR配列の核マトリクスへの結合が失われ、2) EIF2S3の領域でもヘテロクロマチンに特徴的なヒストン修飾であるヒストンH3K9のトリメチル化が検出され、3) EIF2S3の転写が有意に抑制される傾向が認められた。このような変化は雄の細胞では認めら無かったことからヒト不活性X染色体上の変化であると断定した。以上の結果から、不活性化を免れる遺伝子は、MAR配列を介して不活性化を受ける遺伝子とは別のクロマチンループに配置される事で、ヘテロクロマチン化する不活性X染色体上で転写を維持している事実を証明できたと考える。
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