博物館等に収蔵されている生物標本は、言わば、その個体が生きていた時代の生物学的情報が保存されたタイムカプセルである。本研究では、標本の遺伝子解析による進化過程の直接観察を目的に、モデル植物シロイヌナズナに近縁な野生植物であるイブキハタザオとハクサンハタザオを対象に、伊吹山と藤原岳における局所適応を担う遺伝子の探索と、現生個体と標本個体を対象にしたその遺伝子の時空間動態の解析を行った。はじめに、次世代シーケンサーI11uminaGA IIxを用いて、イブキハタザオ一個体について当1.5run分の解析を行ない、リファレンスゲノムを構築した。このリファレンスには近縁種であるシロイヌナズナのコード領域の90%以上が含まれていた。さらに、伊吹山と藤原岳集団の複数個体を用いて、個体ごとにI11uminaGA IIxとHiseq2000をもちいてゲノム解析を行なった。得られた配列データを、構築済みのリファレンスに対してマッピングを行い、網羅的なSNP(一塩基多型)の検出を行なった。得られた約220万箇所のSNPを対象に、伊吹山と藤原岳の両山においてイブキハタザオとバクサンハタザオで共に大きく分化している遺伝子を探索した結果、87個のSNPを抽出する事に成功した。それらのSNPの41個は遺伝子内あるいはごく近傍に位置し、イオントランスポーター・トライコーム・開花時期・植物ホルモン応答などに関係する遺伝子であった。さらに、伊吹山で標高に沿って大きく分化する遺伝子を対象に当現生個体と標本個体を用いて、その時空間動態を解析した。その結果、遺伝子ごとに挙動が異なり当多くの遺伝子において過去から現在までで必ずしも対立遺伝子頻度が一定ではない事が明らかとなった。
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