東南アジアの熱帯林を代表する大型の果実食鳥類であるサイチョウ類を対象とした行動追跡データと種子の体内滞留時間のデータを組み合わせ、サイチョウ類がつくりだす種子散布範囲の推定を行い、長距離散布者としてのサイチョウ類の潜在的な能力を明らかにすることと、サイチョウ類が量的に有効な種子散布者である大型種子をもつ樹木の種子散布範囲を推定し、人為的撹乱の影響を受けやすい大型種が絶滅した場合、小型種がそれらの生態系機能を代替することができるのかを明らかにすることを目的とした。 行動追跡データは、カオヤイ国立公園とホイカーケン野生生物保護区で過去に行われた電波発信機を用いた調査データを再解析し、オオサイチョウ、シワコブサイチョウ、ビルマサイチョウ、ナナミゾサイチョウの4種について単位時間あたりの移動距離の頻度分布データを得た。いずれのサイチョウ類でも1時間あたりの最大移動距離は5kmを超え、時に10kmに及ぶことがわかった。種子の体内滞留時間は、ドウシット動物園で飼育されている6種(オオサイチョウ、シワコブサイチョウ、ツノサイチョウ、ムジサイチョウ、ビルマサイチョウ、キタカササギサイチョウ)を対象として、果実10種1561個のデータを得た。種子の体内滞留時間の中央値は60分(範囲:2-237分)で、大部分が60分以内に口から吐き戻すまたは糞として種子が排泄されたが、10%の種子は2時間以上の体内滞留時間を示した。上記のデータを組み合わせて解析した結果、サイチョウ類は結実木から半径1km以内に種子散布する可能性が高いが、数%の種子は5kmを超えて散布されることがわかった。また、大型種のサイチョウ類と比べて小型種の種子散布距離の中央値や最大値は短く、大型種の絶滅にともない種子散布距離が減少する可能性が示唆された。
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