細菌のホリン・アンチホリンシステムであるCidAB/LrgABの構成因子と予測されるLrgBの相同遺伝子は、植物に広く保存されている。しかし、LrgB以外の構成因子の遺伝子は保存されておらず、植物LrgBがホリン・アンチホリンシステムとして機能しているかは不明である。植物LrgBの機能を探るために、被子植物のシロイヌナズナとコケ植物ヒメツリガネゴケの遺伝子欠損ラインを解析することで、遺伝子機能の推定を試みた。シロイヌナズナとヒメツリガネゴケにおけるLrgB欠損変異体では、それぞれ全く異なる表現型が示された。すなわち、シロイヌナズナでは、子葉を含む若い葉に、葉の一部が白色化する斑入りが出現した。葉の発育段階を追って観察すると、発育初期には斑入りは観察されないが、葉が完全に展葉する頃には斑入りが現れた。死細胞染色を行ったところ、白色化した組織の細胞は死んでいることが確認された。これは葉の部分的な老化が促進されたことによるのかを調べるため、老化マーカーとして知られるSAG12の遺伝子発現を確認したところ、遺伝子発現の上昇は確認されなかった。また欠損ラインの葉緑体は、葉の発育に従って、徐々に内膜系が壊れるなど異常な形態を示した。このシロイヌナズナ遺伝子欠損ラインの表現型から、葉緑体特異的なPCD(programmed cell death)が起きている可能性が考えられた。また、この細胞死は長日条件では生じず、短日条件特異的に出現することが分かった。一方、ヒメツリガネゴケLrgB遺伝子破壊ラインの解析の結果、原糸体・茎葉体、どちらの細胞においても、葉緑体には異常は観察されず、またシロイヌナズナのような部分的な細胞死も見られない。しかしながら、先端生長をする原糸体において、細胞が湾曲し、原糸体コロニーの生長が抑制されていた。シロイヌナズナとヒメツリガネゴケの遺伝子欠損ラインの表現型は全く異なるが、植物LrgBのタンパク質としての機能に違いはないが、高度に分業の進んだ被子植物の細胞と、それぞれ個々の細胞の自律性が残されているコケ植物の細胞の違いにより表現型に差異が生じているのではないかと考えている。
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