本研究課題の目的は、これまで研究が遅れてきた昆虫のメスの交尾器の観察法を整備するとともに、その成果を利用して、メスの交尾器の進化に関わる要因を明らかにしていくことであった。過年度の成果である交尾中ペアの瞬間固定―透明化手法(BABB法)の応用例として、雌雄の性役割が逆転した昆虫類に関する共同研究が今年度新たに展開され、水酸化カリウムによる筋肉などの消化法との併用観察法が検討された。 また、開発された交尾器の各種観察方法を利用し、ハサミムシ類、ショウジョウバエ類、トコジラミ類など、各種熱帯性昆虫類の繁殖生態の研究が進められ、論文として出版された。ハサミムシ類については、従来、性的対立に関する研究があまりおこなわれてこなかったが、雌雄交尾器が拮抗的に共進化していることを示す事例が新たに発見された(Echinosoma属)。ショウジョウバエ類では、このような共進化が複数のグループで生じていることを、過年度の研究で明らかにしてきた。今年度は、米国との共同研究により、セイシェルショウジョウバエ(Drosophila sechellia)では雌雄の交尾器のサイズと形、双方の不一致がメスに繁殖のコストをもたらすことを明らかにした。 これらの事例では、オス交尾器が交尾の際にメスの交尾器に傷を負わせるが、トコジラミ類では、その傷口を通して精子を渡すtraumatic inseminationという現象が生じている。メスはそれによるコストを緩和するための器官をもつが、ネッタイトコジラミ(Cimex hemipterus)では、この器官が左右に重複したメスが比較的高頻度に存在することを発見し、その意義を調査した。これらの研究事例は全て、性的対立が交尾器の進化・多様化に重要な役割を果たしていることを示唆している。
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