ナビゲーションを行う動物の多くは,太陽コンパスに代表される,点光源を基準として方向を決定するコンパスを利用することができる.本研究課題では,1.動物の点光源コンパスの機能的制約と,2.その制約への補償,について明らかにすることで,動物の多様なナビゲーションシステムの進化背景を理解することを目的としている.本年度は,2.の点光源コンパスの機能的制約に対する補償としての,「複数コンパスの並行処理仮説」を検証した.「複数コンパスの並行処理仮説」は,コンパスの基準点が障害物などで一時的に遮断されることを想定して,ナビゲーターが類似した複数の基準をあらかじめ並行処理しておき,ある基準が遮断された場合,別の基準によるコンパスを使うことで定位を補償する,と考えるものである.23年度までに,フタボシツチカメムシの採餌ナビゲーションでは,キャノピーギャップや太陽などの点光源コンパスが用いられることを明らかにした.この系を用いて,巣と餌場を往復するカメムシに,コンパスの基準点として高度など位置情報の異なる2つのLEDを提示し,それぞれのLEDを移動・消失させる実験を行った.高度差のある2つのLEDを点灯した実験アリーナにおいて,カメムシは正確に巣への帰巣を示した.帰巣直前に,2つのLEDの位置を逆転させると,カメムシは巣とは反対方向に定位した.帰巣直前及び帰巣途中に点灯していたLEDの片側を消したところ,消灯に影響を受けることなく片側のLEDのみで帰巣することができた.さらに,帰巣直前に片側を消してすぐに,点灯中のLEDの位置を180度シフトさせたところ,カメムシは巣とは反対方向に定位した.これらの結果は,フタボシツチカメムシが2つのLEDの位置を,それぞれ独立して,同時に,かつあらかじめ処理していることを示しており,複数のコンパスの基準点を並行処理している可能性が強く示唆された.
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