昆虫が求愛を始め、交尾に至るためには、相手から発せられるフェロモンの情報と、相手の形態や行動の視覚情報などが、脳内で統合される必要がある。近年、様々な化学物質がフェロモンとして単離され、これに応答する嗅細胞や脳神経細胞が同定されてきた。ショウジョウバエには、約60タイプの嗅細胞があり、そのうち2タイプが雄の匂いに特異的に、また別の2タイプが雌雄両方の匂いに応答することが知られている。しかしながら、雄や雌の様々なフェロモン物質の刺激入力が脳内でどのように処理されて、種や性の識別がなされているのかいまだわかっていない。さらには、フェロモンの刺激情報が、視覚刺激や聴覚刺激など、性行動を誘発する他の感覚入力とどう結合して、性行動を引き起こしているのかは全く研究がなされていない。 本研究では、まず雄フェロモンであるcis-vaccenyl acetate (cVA)に応答する嗅細胞と、それから入力を受ける脳介在神経にそれぞれ特異的に、カルシウム指示蛍光タンパク質であるGCaMP遺伝子を発現させ、その匂い応答をリアルタイムイメージング法で可視化し、比較した。その結果、同じ嗅細胞から入力を受ける、興奮性と抑制性の投射神経間には、cVAに対する刺激閾値に差は検出されなかった。投射神経の応答はいずれも、嗅細胞より匂い応答の刺激閾値が高く、かつ雌の匂いでより抑制されることが明らかになった。こうした結果から、同じ糸球体に投射する各投射神経は、同じ嗅細胞から入力を受けることもあって、極めて類似したフェロモン応答をすることが示唆された。興奮性と抑制性の神経の投射は、2次中枢で収斂していることが明らかになっている。今後、2次中枢の軸索終末での活性を比較することで、それぞれの神経の機能をさらに明らかにすると同時に、それぞれの神経の情報が、フェロモン以外の情報とどのように結合されるのか、調べていきたい。
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