菌界最大級の分類群であり、かつ最も分類学的混乱のみられる小房子のう菌類について、複数の遺伝子領域に基づいた分子系統樹の構築を試みた。この系統樹に従前はほとんど利用されてこなかった無性生殖世代 (アナモルフ) の形態形質情報を統合することで、有性生殖世代 (テレオモルフ) に基づいて考察されている既存の分類体系を再評価し、アナモルフの系統的意義と全生活環 (ホロモルフ) からの分類体系再編を目指した。 平成24年度は北日本 (北海道、青森県、秋田県、岩手県) を中心に採集調査を行った。また、研究協力者の協力により日本各地 (岐阜県、福岡県、沖縄県、小笠原諸島など) より植物試料を収集し、目的とする菌株の分離を試みた。以上により、約300点の乾燥標本と250株の純粋培養株が得られた。培養株のうち、半数以上の126株は小房子のう菌類の系統であると考えられた。今年度新たに得られた菌株と、前年度中に同定を進めていた菌株のうち、およそ150菌株については18S・28S nrDNA のシーケンス取得とその分子系統解析を進めた。さらに必要に応じて、EF-1α遺伝子の塩基配列や菌類のバーコーディング領域であるnrDNA ITSの配列を決定した。 その結果、本菌群に関する様々な分類学的新知見が得られた。たとえば、ブナ類に寄生するAsteromassaria 属菌のように、テレオモルフの形態形質から1種と仮同定されていた菌であっても、実際は少なくとも4科4属11種からなる複合種である事例が分子系統解析の結果から判明した。これらの各種は、培養下において形成されるアナモルフの形態形質によって明確に特徴づけることができた。そのほか、アナモルフのみで構成される新規系統群も見出されたことから、菌類の分類体系を再構築する上で、アナモルフの形態形質は有用な系統学的指標になりうることが強く示唆された。
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