本課題の目的は、嫌気呼吸酵素である膜結合型一酸化窒素還元酵素(NOR)によるNO還元反応の分子機構の理解、および類似した立体構造をもつ酸素分子の還元を行う呼吸鎖末端酸化酵素(COX)との構造・機能の比較から、NORとCOXにおける機能の違いを決定している因子を構造に基づいて明らかにすることである。そのために、本課題では、X線結晶構造解析と分光測定を統合的に用いることで、NORの活性部位の構造を原子・電子レベルで検討した。X線結晶構造解析の結果、緑膿菌由来NOR(cNOR)の還元型および基質(NO)結合型のモデルとして還元型にシアンイオン(CN)が配位した状態(還元CN型)の構造を2.5-2.7Aの分解能で決定できた。還元型cNORでは、ヘムと非ヘム鉄からなる活性部位にある水分子の位置が変化していたものの、全体構造や非ヘム鉄に配位しているアミノ酸の位置などは、酸化型の構造と同様であった。還元CN型においても酸化型や還元型と比較して大きな構造変化はみられなかったが、ヘムに結合したCN配位子は、Fe-C-Nの角度が約110度と、大きく折れ曲がった配向を示しており、CN配位子のN原子は、非ヘム鉄や活性部位に存在するアミノ酸とは、相互作用していないことが示された。溶液状態のcNORのCN結合型の共鳴ラマン分光測定からもヘムに配位したCNは、非ヘム鉄と相互作用しないことが示唆された。過去の研究から、COXの還元CN型では、CNは活性部位のヘム鉄と非ヘム金属を架橋するような結合様式で配位することが報告されており、本課題で明らかにしたcNORにおけるCNの配位様式と異なる。このようなNORとCOXにおけるCN配位子の結合様式の違いは、両酵素における触媒作用の違いを理解する上で重要な知見であり、金属酵素の機能改変を行うための分子設計指針を与えてくれるものと考えられる。
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