ATP駆動型の生体分子モーターは、基質であるATPの結合・加水分解・生成物の解離といった化学反応を力学的仕事に変換することで作動しており、基本的にKoshland[1958]によって提唱された誘導適合(induced fit)とその逆の過程(induced 'unfit')によって機能していると考えられている。そこで、生体分子モーター1分子が働いている際の触媒部位そのものの基質に対する適合・不適合(構造)変化を蛍光性(Cy3)ATPを用いて直接モニターすることで、生体分子モーターの作動メカニズムの実像に迫りたい。 回転分子モーターであるF1-ATPaseを用い、回転角度に伴った結合Cy3-ATPの蛍光強度とその色素の向きの変化から、触媒部位そのもので起こる構造変化をモニターした。Cy3-ATPの結合後120°と240°の回転角度において蛍光強度に違いがあり、さらに詳細な観察では200°から240°の回転でその違いが生じることが見られた。政池ら[2008]が観察したβサブユニットの構造変化のタイミングと一致することが分かった。さらに、蛍光強度変化が触媒部位の構造変化に由来する現象であることを示すために、結合Cy3-ATPの色素の向きをデフォーカスイメージングによって3次元で測定した。デフォーカスイメージングを再現性良く安定して行うために、ステージのz位置をリアルタイムで精度良く検出・制御できるような装置を開発した。結合Cy3-ATPの向きはデフォーカス蛍光像のパターンから決定し、F1の120°ごとの回転角度に伴って3回対称あった。結合後120°のデフォーカス蛍光像のパターンは明瞭で3次元の向きを決定することができたが、240°では像のパターンがぼやけて不明瞭になった。触媒部位の広がりが蛍光色素の向きの自由度を上げたためだと考えられ、上記結果と矛盾しないことが示された。
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