正常型プリオン蛋白質(PrP)からβシート構造に富む異常型PrPへの構造変換は異常型PrPの感染・伝播過程において決定的だが、発症メカニズムの解明においては低い分布率で熱力学的に存在する“励起構造”が重要であると考えられる。本事業では、蛋白質励起構造の定性的な解析に適した高圧NMR法とその定量解析に適したNMR R2分散法を組み合わせることで、正常型及び異常型プリオン蛋白質における両者の励起構造特異性を明らかにする事を目的とした。 ①本年度は、2011年度に確立したM9培地を用いた安定同位体標識試料作成プロトコルの一部を改良し、15N標識した全長の正常型ハムスターPrPの収量を約17mg/Lcultureから約50.25mg/Lcultureに増やすことに成功した。これまで、全長(23-231)のPrPに関する大量発現は難しいとされていたが、この成果により、1Lスケールの培養で多次元NMR測定に十分な濃度の蛋白質試料を得る事が可能となった。 ②高圧NMR測定(1~3000気圧)の結果、分子内空隙(キャビティ)周辺の構造領域に特異的な構造変化が検出され、常圧下で支配的な基底状態との間で揺らぐ励起状態の存在が示された。続いて、励起状態の定量解析を目的にNMR R2分散測定を常圧下と圧力下(1000気圧)でそれぞれ行った。当初は高圧NMR測定で示された励起状態の構造特性と類似の結果が典型的な横緩和分散プロファイルとして得られるだろうと予想されたが、常圧および1000気圧下のどちらにおいても励起構造を特徴づけるに十分な横緩和分散プロファイルは得られなかった。横緩和分散法では数%程度の分布率で存在する励起構造が検出の対象となるが、1000気圧(25oC)の条件はそれには不適当であると考えられた。そこで、温度、圧力、データ取得パラメータの最適化を検討したが、大幅な改善は見られなかった。
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