本研究はがん転移に関わるチロシンボスファターゼPRLが、酸化還元状態に応じて分子の形を変え、シグナル伝達を制御する、いわばレドックスセンサーとして機能するという全く新しい切り口からそのシグナル伝達機構を解明しようとするものである。本年度においては、PRLの結合因子の網羅的探索より同定した、膜蛋白質MagExについて、その機能およびがん転移との関連を明らかにするべく実験を行った。免疫沈降法により、内在性のPRLとMagExが細胞内で複合体を形成すること、ならびに細胞に対する過酸化水素処理によりPRLが分子内ジスルフィド結合を形成し、両者の結合が減弱することを見出した。また、組換え蛋白質を用いた実験より両者の結合が直接であることも見出している。続いて、ライブイメージング法などを用いてMagExの機能解析を行った結果、MagExは細胞外にあるNa^+との交換によりMg^<2+>を排出する因子であることを突き止めた。MagEx発現細胞におけるMg^<2+>の排出はPRLの共発現により抑制され、そして過酸化水素処理によってPRLによる抑制が解除された。MagEx発現細胞ではがんの悪性化と関わるAkt/mTOR経路が抑制されており、培地中への高濃度のMg^<2+>添加あるいはPRLの共発現によりこの抑制が解除された。また、マウスメラノーマ細胞であるB16細胞を用いて、RNA干渉法によるMagExの発現抑制株を作製し、尾静脈より注入するマウス肺転移モデル実験を行ったところ、PR正の安定発現株と同様、肺転移巣の数がコントロール細胞株と比較して有意に増大していることが判明した。これらの実験結果より、PRLとレドックス依存的に結合するMagExについて、Mg^<2+>を排出することによってAkt/mTOR経路を制御すること、そしてMagExがPRLによるがん転移促進の分子標的となっていることが明らかとなった。
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