本年度は主として読解時のマーカーとなる要素について考察を行った.英語や日本語はスペースや漢字が形態的探索誘導を促す要素を持つが,タイ語においてはドーサコットが認知的探索誘導を促す要素であると考えられた.ドーサコットが末子音として働くのか,子音として働くのかは終末まで読解する必要がある.ドーサコットとなる子音は,終末以外でも存在するため,形態的処理が働いていることは考えにくい.そのため,タイ語読解においては,これらの子音をきっかけとして,単語全体の意味を捉える認知処理を優位に働かせる必要がある.また,タイ語は表音文字の体系を有するが,一つ一つの音を拾って読解することが困難であると考えられる.同じ子音であっても,末子音として機能している場合は発音が変わることがある.つまり,文頭から子音と母音の組み合わせを順に読解していくことは不可能であり,出現している形態素が単語の中で,どのように機能しているかを捉えないと単語や文書を認知できない.また,同じ綴り(形態素)であっても,発音が異なることが頻繁にあり,不規則な綴りをする単語が数多く存在する.そのため,意味と発音と綴りを常にセットで学習しなくては正しく表現することはできない.これはタイ語の言語的特性であり,タイ語の言語教育においてディクテーションが重視され,聞いた単語を正しく綴ることを反復することで習熟することからも傍証される.したがって,タイ語読解の場合,単に形態的情報や音韻的情報を追うだけでは,文意を取ることはできず,ある程度,単語を認知しなくてはならない. 文章の難易度が上がれば,単語を認知する時間を有するため,注視回数の増加だけではなく,注視時間の増加があった.情報受容量においても,単語の終末まで読解をする必要があり,タイ語においては形態的誘導を促す要素が少ないため,相対的に一注視あたりの情報受容量が多くなったと考えられる.
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