窒素飽和とは,人間活動により放出された窒素化合物が大気経由で森林に流入して蓄積し,生態系が窒素過剰な状態に陥ることである。このような森林では,渓流水への硝酸性窒素の流出量が増大するため,水源水質の劣化や湖沼の富栄養化などが引き起こされる危険性がある。さらに,窒素飽和森林では土壌からの一酸化窒素(NO)ガスの発生量が増大することも指摘されている。NO発生量の増加は,酸性雨やオゾンの増加を引き起こすため,森林生態系にダメージを与える可能性がある。本研究の目的は,窒素飽和が大気中へのNO発生増加に及ぼす影響を定量的に評価することである。そのため,土壌からのNO発生量を低コストで正確に計測する手法を開発し,森林への高い窒素負荷が土壌微生物作用を介してNOガス発生量に与える影響を調べる。 本年度は,1980年代より窒素飽和状態にある茨城県筑波山の土壌を用いて,NOガス発生ポテンシャルを測定した。スギ林2地点で表層土壌を採取し,最大容水量の60%水分量で5日間前培養した後,湿重量で100gを1Lのガラス培養瓶に充填した。培養瓶を密閉した状態で,容器内の空気をNOガス捕集フィルターに通しながら0.5L/minの流速で循環させ,これを25℃暗所で24時間培養した。フィルターに捕集したNOは,亜硝酸イオンとして水抽出してイオンクロマトグラフィーで定量した。筑波山土壌のNO発生ポテンシャルは,0.13~0.38mgN/kg-ds/dayであり,これは循環空気中の平均NO濃度に換算すると10~25ppbvであった。筑波山の大気中NOx濃度が5ppbv程度であることを考えると,森林土壌は大気中NOxの発生源として高いポテンシャルを有していることが示唆された。また,大気中のNOx濃度に対する土壌発生NOの寄与を簡便に評価する方法を開発するため,土壌から発生したNOの窒素安定同位体比の測定も行った。
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