サクラマスやギンザケには回遊多型が認められており、それはサケ属魚類のなかで系統的に古い種のもつ柔軟性と考えられている。こうした明瞭な回遊多型のほかに、幼稚魚期にミクロスケールのハビタットシフトもあることが近年報告されている。ハビタットシフトは初期の成長や生残に大きく関与し、深刻な環境変化に対する保険効果もあるといわれている。そこで本研究では、北海道に生息するサクラマスの幼稚魚を対象に耳石微量元素解析を行い、本種における生活史初期のハビタットシフトについて新知見を得ることを目的とした。北海道の日本海側に面する床丹川と太平洋側に面する別々川に生息するサクラマスの移動前の浮上稚魚と降河時期のスモルトについて、2010年5~6月に定期的な標本採集を実施した。その結果、床丹川は別々川に比べて個体密度が高く、また両河川で採集個体の体長、体重、肥満度、性差に有意差は認められなかった。X線マイクロアナライザーを用いて耳石微量元素を分析したところ、別々川の個体の耳石Sr:Ca比は低値で推移しており、すべてスモルトになるまで河川に留まっていることがわかった。一方、床丹川の個体の耳石Sr:Ca比は浮上直後から高くなり、汽水あるいは海水を経験している可能性が示された。これまでサクラマス幼稚魚はスモルトになるまで河川内に留まることが知られていたが、本研究によって幼稚漁期にハビタットシフトを行う個体群の存在が初めて明らかとなり、サケ科魚類における初期生活史と回遊機構の理解に役立つ知見と考えられる。
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