研究概要 |
食品の安全性確保は世界的に重要性が増してきており,我が国では水産物をはじめとした食品中への農薬類およびそれらの代謝物の残留は,ポジティブリスト制により規制されるようになった。これにより,近隣の畑から養殖場への農薬の流入など,生産者の意図しない農薬汚染へのリスク管理が課題となってきた。本研究では,養殖魚ティラピアにおける農薬類の残留・排出のメカニズムを明らかにすることを目的とし,農薬類がどのようにしてティラピアの薬物トランスポーターMDRの発現を制御するのかを解析した。 本年度は,有機塩素系農薬エンドスルファンの曝露によるティラピアMDR遺伝子の発現誘導をmRNAレベルおよびタンパク質レベルの両方から解析し,薬物動態との関連を調べた。その結果,エンドスルファンの曝露により,肝臓におけるMDRの発現がタンパク質レベルで経時的に亢進された。しかし,mRNAレベルでの発現亢進は見られず,残留エンドスルファンおよびその代謝物であるエンドスルファンスルフェートの体内濃度との相関も認められなかった。 MDRは薬物受容体PXRにより転写が調節されることから,MDR遺伝子の転写制御機構を解明するために,ティラピアMDRおよびPXRの全長cDNAをクローニングした(DDB Jaccession no. : AB699095,AB699096)。その結果,ティラピアMDRの全体およびPXRのリガンド結合ドメインには多型が多くみられ,これらの変異がエンドスルファンの体内動態データのバラツキに影響している可能性が考えられた。また,各組織におけるMDRおよびPXR遺伝子の発現を調べたところ,両者の発現パターンは大きく異なっていた。このことから,ティラピアMDRの転写は哺乳類のそれとは異なり,PXRを介さずに行われる可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画のうち,最も時間がかかると予想されたMDRおよびPXRのcDNAクローニングに成功し,おおむね順調に進展しているといえる。MDR遺伝子の5'上流領域の解析も現在進行中である。発現解析がやや遅れているものの,曝露実験およびサンプリングは順調である。また,FLAG-tagged PXR発現コンストラクトの作製が終了し,in vitroにおけるMDR遺伝子の転写制御機構解析の準備が整った。
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今後の研究の推進方策 |
ティラピアの全ゲノムショットガンシークエンスのデータが2011年9月30日に公開されたため,その配列をもとにMDR遺伝子のさらに5'上流領域の解析を進める。クローニングしたMDR遺伝子のプロモーターの下流にホタルのルシフェラーゼ遺伝子を連結したレポーターベクターを作製し,PXR発現ベクターとともにティラピア肝臓由来の培養細胞株に導入し,ルシフェラーゼアッセイによりMDRの発現のメカニズムを明らかにする。これにより,MDRが有害化学物質の残留・排出に関与し,魚体内での残留をモニタリングする上でのバイオマーカーとなりうるかどうかを明らかにする。
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