強毒の狂犬病ウイルス固定毒の西ヶ原株は、その派生株で弱毒のNi-CE株と比較した場合、宿主細胞のウイルスRNAセンサー分子であるRIG-Iの活性化を効率的に回避し、I型インターフェロンの産生を抑制する。西ヶ原株N遺伝子をNi-CE株のゲノムに持つキメラウイルスCE(NiN)株がNi-CE株よりも効率よくRIG-Iの活性化を回避することから、西ヶ原株とNi-CE株のRIG-I活性化回避能の違いにN蛋白質が関与することが明らかとなっている。本研究の目的は、この機序を解明することである。 最近の研究の進展により、様々なウイルスのゲノムRNA及び複製干渉RNA(DI RNA)がRIG-Iにより認識されることが示唆されている。この知見より、西ヶ原株N蛋白質は、これらのRNAの産生を抑制することによりRIG-I活性化の回避に関与している仮説が考えられた。最初に、Ni-CE株及びCE(NiN)株感染細胞におけるDI RNA産生量の比較実験を計画した。しかし、狂犬病ウイルスの複製干渉RNAの分子構造についてはほとんど報告がなく、この情報不足によりDI RNAの定量システムの構築が困難な状況にあった。そこでまず、Ni-CE株及びCE(NiN)株感染細胞に存在するDI RNAの分子構造の決定を行った。その結果、それぞれの感染細胞に1303~1461塩基及び1200~1305塩基からなる種々の長さのDI RNAが存在することが分った。これらの分子構造は、基本的に「3'ゲノム末端配列-N遺伝子(部分)-[L遺伝子(部分)クローンによっては存在しない]-5'ゲノム末端配列」であった。以上より、狂犬病ウイルス感染細胞中のDI RNA定量法を確立するために必要な基盤情報が得られた。 上記の仮説とは別に、ゲノムRNAのカプシド化効率の違いがNi-CE株及びCE(NiN)株のRIG-I活性化回避能の相違に関与する可能性が考えられた。そこで、抗N蛋白質抗体で免疫沈降されたヌクレオカプシド中のゲノムRNA量をNi-CE株及びCE(NiN)株感染細胞間で比較した。その結果、両者の間に有為な差は認められなかった。
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