バベシア症の病原虫であるバベシア原虫を媒介するマダニにおいては、中腸や卵巣で産生される生物活性分子(TBM)が、吸血・繁殖に関わる恒常性を維持しており、また原虫の増殖・分化をも制御している。しかし、バベシア症の伝播源である幼ダニへの介卵伝播機構は未解明である。そこで、マダニの胚の介卵伝播制御分子について、原虫感染による発現応答の詳細かつ包括的な解明を図ることが主目的とし本研究を行った。その結果、①動物宿主(実験犬)とマダニベクターを用いたバベシア原虫伝播実験モデルを確立し、マダニステージにおけるバベシア原虫の定量的検出系を構築した。②マダニアレイの確認実験として行ったマダニ胚の発現解析の結果、マダニ制御対策を行う上で唯一、基盤的知見が不足した発生段階の遺伝子発現動態を明らかにした。データマイニングやリアルタイムPCRの結果、中期において特異的に発現が上昇する遺伝子を複数同定することができ、胚発生特異的な遺伝子を複数同定することができた。③原虫感染卵および非感染卵を用いたアレイ解析による発現比較解析の結果、原虫感染によって転写量が2倍以上あるいは0.5倍以下に変動する遺伝子が複数検出されたが、有意差は認められなかった。④派生実験として、原虫感染中腸および非感染中腸を用いたアレイ解析による発現比較解析を行ったが、原虫感染によって2倍以上あるいは0.5倍以下に変動する遺伝子は複数検出されたが、有意差は認められなかった。以上を総括すると、本研究により作製したマダニアレイは、恒常性維持に関連するTBMが搭載されていたため、その転写量変化は原虫感染時においても平時と大差がないということになる。従って、介卵伝播に関与する遺伝子について、原虫感染により特異的に誘導される遺伝子を探索し、その分子機能と介卵伝播との関連を検証するという戦略転換が必要ということになる。
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