1.本症例の遺伝的背景の精査(1)他の同腹犬と父母犬の追跡調査:同腹犬は本症例2頭を含めて5頭で、その内訳は雌2頭、雄3頭であった。他の同腹犬および父母犬には、細菌感染による症状は幼少時から認められていなかった。したがって、同腹犬5頭中2頭(雌1頭、雄1頭)で先天的な好中球機能不全症が存在していたことが明らかとなった。(2)同腹犬の娘犬と父犬との戻し交配の実施:無症状の同腹の娘犬と父犬との戻し交配により、4頭が産まれ、その内訳は雌3頭、雄1頭であった。半年以上の臨床経過観察を実施した結果、4頭には、好中球機能不全症のような典型的な臨床症状は発現しなかった。ただし、雌1頭で再発性の軽度の外耳炎が認められた。2.本症例における好中球機能不全症の病態の検索(1)好中球の形態観察および一般的な機能検査の検索:本症例の末梢血好中球数は、雌および雄犬で正常範囲内であり、核および顆粒の異常は認められなかった。正常犬と同様に、症例犬の好中球細胞質において一次顆粒ミエロペルオキシダーゼが認められた。活性酸素産生能は、雌・雄犬において著減していた。その後、雌犬が不慮の交通事故で死亡したため、雄犬でのみ以降の解析を実施した。非特異的貪食能は正常犬の約70%に低下していたが、オプソニン化能は正常であった。接着能は正常犬の約60%まで低下していた。症例犬では、CD11bおよびCD18蛋白発現が正常犬の42-45%程度まで減少しており、同時に遺伝子レベルも減少していることが明らかとなった。一方、好中球の二次顆粒・ラクトフェリン遺伝子の発現量は正常範囲内であった。(2)慢性肉芽腫症と犬白血球粘着不全症との鑑別:本症例では、NADPHオキシダーゼコンポーネントであるp47phox・p67phox・gp91phoxが過剰発現し、β2インテグリン遺伝子の塩基配列には、ミスセンス変異は存在しなかった。したがって、本症例犬における慢性肉芽腫症および犬白血球粘着不全症は否定された。 今年度の研究により、本症例犬における好中球機能不全症は、好中球を形態・機能・遺伝子・分子生物学的な面から解析した結果、これまで報告されている病態とは一致せず、新たな好中球機能不全症に分類されうる可能性が高いことが明らかとなった。
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