イルジン類はスピロシクロプロパン構造を持つことを特徴とし、生体内で求核剤による活性化を受けてDNAをアルキル化することで抗腫瘍活性を示すことが知られている。しかし生細胞内に存在するグルタチオンなどの種々の求核剤によって非選択的な活性化が競合し、重篤な副作用を示すという問題がある。そのような副作用を軽減する方策として、腫瘍細胞特有の環境で活性化しうる低分子化合物の開発を目指した。我々は最近、イルジン類の生合成機構を模倣して縮環四員環から環縮小を伴うカチオンの転位によりスピロ三員環が得られる反応を見出した。ここで得られるスピロ三員環は酸性条件下、求核剤による開環を伴う付加反応が容易に進行することが明らかになった。正常細胞に比べて腫瘍細胞が酸性である点に着目し、環縮小転位反応を活性化機構に利用したpH依存型新規アルキル化剤創製を目指して、含水酸性条件で転位および開環反応が進行する基質の設計を行った。 種々のシクロブタノール基質を合成して転位反応の検討を行った結果、含水酸性条件下、室温、短時間で目的の反応が進行する三環性シクロブタノールを見出した。プラスミドDNAであるPUC19を用いて、この化合物のDNA切断活性試験を行ったところ、中性付近(pH75)で低い切断活性を示した。DNA切断のpH依存性を調べたところ、予想通りpHが酸性になるにつれて切断活性が飛躍的に向上することが示唆された。本転位反応を利用した分子設計により、副作用発現を低減した新規アルキル化剤創製が期待できる。今後、タンパクの特異標識に応用していきたい。
|