Dlg1遺伝子ノックアウト(Dlg1 KO)マウスでは、心室中隔、心臓流出路の中隔形成に異常が見られ、チアノーゼと呼吸困難を呈して出生当日に死亡するが、そのメカニズムは不明である。昨年度までの研究で、Dlg1 KOマウスではコルチ器の有毛細胞の配列に異常が見られることを発見した。すなわち、Dlg1 KOマウスのコルチ器では内有毛細胞列、外有毛細胞列に、部分的に過剰列が出現し、細胞の配列が乱れていた。 コルチ器で有毛細胞の過剰列は、Notchシグナル異常によって有毛細胞、支持細胞の運命決定に異常が生じた場合や、組織の収斂的伸長(Convergent extension; CE)過程の異常によってコルチ器および蝸牛管の伸長が阻害された場合などに出現することが報告されている。そこで本年度、Dlg1 KOマウスのコルチ器を観察したところ、有毛細胞の過剰列の出現は支持細胞の脱落を伴っておらず、また蝸牛管全体の長さが正常マウスに比べ約1割短かった。さらに、コルチ器頂部端では有毛細胞の過剰な多列化が観察された。これらの観察結果から、Dlg1 KOマウスコルチ器では収斂的伸長の過程に何らかの異常が生じ、これにより有毛細胞の配列が乱れたものと考えられた。 そこで次に、Dlg1 KOマウスにおける組織の伸長過程を検討した。その結果、Dlg1 KOマウスでは、腸管、尿管、胸骨長において有意な短縮が認められ、また上肢、下肢の長管骨についても全般的に拡幅・短縮の傾向が見られた。 腸管、尿管の伸長には、非古典的Wntシグナル経路が必要であると報告されており、腸管伸長の過程では上皮細胞が収斂的伸長運動を示す。また、心臓流出路の発生においても、組織の収斂的伸長が関与すると報告されている。以上の知見から、Dlg1 KOマウスにおける心臓発生異常は、組織の伸長不全に起因する可能性があると考えられた。
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