慢性的な痛みにより引き起こされる不安、嫌悪、抑うつなどの不快情動は、生活の質(QOL : Quality of life)を低下させ、精神疾患・情動障害の引き金ともなるため、情動的側面をも考慮した慢性疼痛治療が求められている。本研究では、痛みにより生じる不快情動に対するオピオイド神経系による調節機構を明らかにすることを目的とし、不快情動の生成に関与する分界条床核(BNST)に着目し、行動薬理試験と種々の薬物の脳内局所微量投与を組み合わせることで、オピオイドによる不快情動調節機構の詳細な解析を行っている。当研究室においてこれまでに、痛みにより引き起こされる嫌悪と同様に、背外側BNST内へのコルチコトロピン放出因子(CRF)局所微量投与により嫌悪が引き起こされることを、条件付け場所嫌悪性(CPA)試験を用いて明らかとしており、本年度は、この背外側BNST内へのCRF処置誘発CPAに対する、選択的μオピオイド受容体アゴニストであるDAMGOの同時処置による影響を検討した。CRF(1nmol/side)によって引き起こされるCPAはDAMGO(0.01-0.1nmol/side)同時処置により、用量依存的に減弱し、高用量ではCPAの誘発をほぼ抑制する傾向が確認された。また、不快情動生成に関与するBNST内の神経細胞内情報伝達に着目し、これまでに明らかとしてきた腹側でのアデニル酸シクラーゼープロテインキナーゼA系の活性化と、AMPA型グルタミン酸受容体(GluR1)のリン酸化が、背外側BNST内においても痛み刺激により引き起こされていることを示唆するデータを得た。今後、これら細胞内情報伝達系に対する調節機構の検討を行う予定である。本研究成果は、痛みの情動的側面の治療につながる基礎的知見を提供すると考えられる。
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