神経変性疾患の原因として活性酸素種との関わりに注目が集まっている。グルタチオンペルオキシダーゼやチオレドキシン還元酵素を含む含セレン蛋白質群は活性中心にセレノシステイン(SeCys)の形でセレンを含む酵素群であり、抗酸化酵素の中心的役割を担う。この含セレン蛋白質群の合成にはSeCys-tRNAが必須であり、このtRNA欠損は含セレン蛋白質合成が破綻し抗酸化機i能低下を引き起こす。本研究では、神神経特異的SeCys-tRNA遺伝子破壊マウスを作成することによって神経変性疾患モデルマウス創出を試みた。その結果、このマウスの脳組織において含セレン蛋白質GPx1の発現が著しく低下していることが確認され、神経特異的含セレン蛋白質合成破綻マウスの作製に成功した。作製されたマウスは生後体重増加が観察されず運動失調が観察され生後3週以内に致死に至ることが明らかとなった。また、転写因子Nrf2の蓄積およびその標的遺伝子の活性化が観察されたことから、酸化ストレス応答系Keap1-Nrf2システムによる代償機構の存在が予想された。そこで、Nrf2遺伝子欠損マウスと交配し、SeCys-tRNAおよびNrf2の二重欠損マウスを作成したところ、SeCys-tRNA単独欠損マウスと比較して早期に死亡し、特に小脳部位の変性が進行することが明らかになった。以上の研究成果は、含セレン蛋白質群が神経組織において恒常性維持に必須な防御機構であり、またその防御機構の破綻状態に対してNrf2が保護的に働いていることを強く示唆する。特に、小脳における両者の生体防御系の重要性が明らかになったことは、脊髄小脳変性症などの難病治療につながることを示唆しており、セレン欠乏予防やNrf2誘導剤の摂取が酸化ストレスに起因する神経変性疾患の予防に有効であることを支持する。
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