がん転移過程は接着状態の劇的な変化が伴い、転移過程のがん細胞は正常な接着状態を喪失しているか、浮遊状態にあると考えられる。一方、正常細胞は、接着喪失下では増殖停止や細胞死を誘導し、浮遊状態での細胞増殖/生存を積極的に阻止する。これは、接着喪失を感知して応答するシステムが備わっているためと考えられる。最近、細胞を浮遊状態におくと細胞周期阻害因子p21cip1が転写レベルで誘導され、そこに細胞接着斑蛋白質Hic-5が関与することを見出した。本課題では、正常細胞に備わっている接着喪失応答性に関する新たな機構を解析し、正常細胞とがん細胞を比較することで、がん細胞における破綻の原因を探り、最終的に応答領域を利用して、転移過程にあるがん細胞に選択的細胞死を誘導する手段の開発を目指す。 1)p21eip1プロモーター上に存在する接着喪失に応答する領域、及び応答性を担う転写因子を同定するため、luciferase reporterを作製し、脱接着応答領域を特定した。さらに、当該領域に働きかける転写因子として、KLF4およびRunx1を同定し、DNAへのKLF4の結合にHic-5が関与していることを明らかにした(Runx1は別蛋白質による制御であった)。KLF4のリクルートには、Hic-5の核マトリックスへの結合が重要であり、活性酸素の関与は必須ではなかった。 2)がん細胞およびその多くが由来する上皮細胞では、当該脱接着応答配列は応答せず、細胞種によってHIC-5/KLF4が標的とする遺伝子が異なることが考えられた。そこで、上皮細胞、がん細胞で脱接着に応答して発現が変化する遺伝子群を網羅的に検索し、両細胞で共通して発現が変化する56遺伝子、上皮細胞のみで変化する184遺伝子、がん細胞のみで変化する258遺伝子を同定した。
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