気道上皮細胞株NCI-H292細胞を単層コンフルエントを形成するまで培養し擦過すると、酸素濃度非依存的に低酸素誘導因子(HIF)-1αのタンパク質発現量が増加し、特に擦過部位近傍の細胞においてHIF-1αの核内集積が認められた。そこで本研究では、気道上皮細胞において創傷に伴って誘導されるHIF-1αの創傷治癒に及ぼす影響とその分子機構について検討し、以下の知見を得た。まず、NCI-H292細胞にHIF-1α mRNAを標的とする低分子干渉RNAを導入しその発現をノックダウンすると、創傷に伴うHIF-1αタンパク質の発現誘導が消失することを確認した。次に、HIF-1αをノックダウンしたNCI-H292細胞の単層コンフルエントを擦過したとき、コントロール低分子干渉RNAを導入した細胞と比べて創傷治癒の速度は有意に早くなった。一方、NCI-H292細胞をHIF-1αタンパク質の発現誘導剤としても知られる塩化コバルトで刺激すると、未刺激の細胞と比べて創傷治癒の速度は明らかに遅くなり、この影響はHIF-1αをノックダウンすることにより明らかに減弱した。さらに、創傷によって各種の運動機能促進因子(マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)-9、ラミニン各種サブユニット、ヘパリン結合性上皮増殖因子、ヒアルロン酸合成酵素2)のmRNA発現量が増加することが確認された。これらの運動機能促進因子のうち、創傷に伴うMMP-9 mRNAの発現量の増加はHIF-1αをノックダウンすることにより増強された。以上より、気道上皮細砲において創傷に伴って誘導されるHIF-1αは創傷治癒に対してネガティブ調節因子として働き、その機序として創傷に伴うMMP-9 mRNAの発現亢進を抑制することによる可能性が示唆された。
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