結核を引き起こす病原体である結核菌では、近年ようやく遺伝子多型に関する知見が蓄積されつつある。結核患者から分離培養される菌株を遺伝子多型に基づいて分類/定義することにより、個々の菌株伝播を追跡することが可能となってきた(結核菌の分子疫学)。本課題では、「遺伝子多型からは同一」であることが示唆されるにもかかわらず、非常に広域にわたって分離されている菌株に着目する。そのような菌株では多くの事例で患者間に接触履歴が見出されず、未知の伝播経路によって広く拡散していることが懸念されている。 大阪市におけるホームレス結核患者由来株は当研究所において継続的に遺伝子多型分析を行っている。H18~H20年に実施された菌株からは、広域伝播が懸念されていた9種類の菌株のうち8種類が分離されていた。一方で、本年度実施した調査分析から、他地域の地方衛生研究所や研究機関では、そのうち2種類がより多くの地域で分離されていることが明らかとなった。後者の2種類の菌株はとりわけ都市圏において断続的に分離が確認されているが、明瞭な疫学的関連性は見出されておらず、偶発的な接触(カジュアルコンタクト)によって伝播、感染、発症を引き起こしやすい可能性が懸念された。このような情報を精査し、遺伝子多型に基づいた菌株情報を危険因子として提示できれば、これまで不可避であった大規模な結核集団事例の抑止につながることが期待される。現在これらの菌株について分与を依頼しており、H23年度に実施予定である次世代シーケンサーを用いた比較ゲノム解析のセットアップを進行中である。
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