申請者は、ヒト大腸癌のモデル動物であるApcMinマウスに対して、消化管特異的にHes1を欠失させ、腫瘍細胞におけるHes1の役割について検討した。その結果Hes1を欠失させても、ApcMinマウスの小腸に多数のポリープが形成された。しかし、コントロールでは、腫瘍組織は未分化な細胞集塊であるのに対し、Hes1を欠失させると、腫瘍細胞の大半が増殖を停止し、吸収上皮や杯細胞、パネート細胞、内分泌細胞へと分化した。しかも、腫瘍組織と異なりHes1を欠損させても正常粘膜上皮には異常を認めなかった。さらに、薬剤誘導性に消化管上皮特異的にHes1が欠失する遺伝子改変マウスを作製し、これを用いて腫瘍形成後に薬剤誘導性にHes1を欠失させても、腫瘍細胞が腸上皮細胞へと分化した。Hes1に加えてHes3、Hes5を欠失させると、正常腸上皮も増殖細胞が著しく減少した。そこで、完全に腫瘍細胞が正常上皮へ分化することを期待し、腫瘍細胞のHes1、Hes3、Hes5すべてを欠失させたが、Hes1を欠失した時以上に腫瘍細胞の分化が亢進しなかった。以上の結果より、Hes1が腫瘍の発生ならび維持において、その増殖や未分化性の維持に関与していることがあきらかになった。しかも、重要なことに、Hes1を欠失させても正常腸管上皮になんら影響をあたえないことから、Hes1が腫瘍細胞の増殖をとめ最終分化細胞へと誘導するような治療のターゲットになりうると考えられた(Development in press)。さらに、治療への応用の可能性を探るべく、現在ヒト大腸癌細胞に対し、ウイルスベクターを用いてRNA干渉によるHes1の選択的阻害実験を行っている。また、ApcMinマウスに対して、マウス用内視鏡を用いて、腫瘍へ直接ウイルスベクターを導入する実験も並行して行っている。
|