大動脈弁狭窄症(Aortic stenosis;AS)は、無症候性に大動脈弁の開放制限が進行する原因不明の疾患で、進行後の余命は2~5年未満と予後不良の疾患である。人口の高齢化に伴いAS患者数は増加している。開胸による大動脈弁置換術が唯一確立した治療法であり、ASは高齢者に多い疾患であり、ASの進行を抑制しうる薬剤の開発は世界的重要課題である。ASの進行機序は十分に解明されておらず、有効な薬物療法も存在しない。脂質代謝との関連が示唆されたが、最近の臨床試験ではAS病態への脂質代謝の関連は否定された。これまで、脂質代謝異常によるASモデルは多数報告されているが、これらがヒトAS病態の解明に寄与するか疑問である。病態の鍵は弁の石灰化であり、弁の石灰化の程度は、ASの重症度と相関すると共に、進行予測因子である。石灰化機序の解明は病態の解明と有効な薬物療法開発の鍵である。疾患の解明にはヒトAS病態に類似した動物モデルの存在が必須である。今回我々はマウスの大動脈弁をワイヤーで傷害することにより、ヒトASの特徴を有する動物モデルの作成に成功した。弁傷害1週以降弁口面積が有意に低下し、4週以降左室肥大の成立が確認された。心エコーによる左室短縮率は傷害後12週まで低下は認められず、16週にて有意な低下が認められた。生存率では、シャム群に比べ傷害群で低く、心不全が死亡原因であると推測された。傷害群弁口面積低下は弁尖の肥厚が原因で、傷害後の弁尖組織においてマクロファージなどの炎症性細胞浸潤と線維芽細胞の幼若化、骨形成細胞の発現、及び石灰化が病理学的ならびに分子生物学的に証明できた。以上のような一連の過程を経て弁狭窄を来たす、極めてヒトASに類似したモデルの報告はこれまでにない。このモデルは、弁狭窄並びに石灰化進行機序解明、さらには、ASの進行を抑制する新しい薬剤の創薬に貢献することが期待される。
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