近年の研究で肺サーファクタント蛋白SP-Aの生体防御における作用メカニズムが明らかにされつつあるが、肺がんの発生とその進展への関わりはヒトにおける現象論に基づく報告がほとんどであり、分子レベルでのアプローチは適切な疾患モデルがないためになされていないのが現状である。これらを踏まえ、本研究課題では、肺内微小環境下で肺がんの増殖・進展・転移におけるSP-Aの役割とその作用機序について解析することを目的とした。当初の目的通り、SP-A発現を認めないヒト肺がん細胞株(PC14PE6細胞)にレトロウイルスを用いてSP-A遺伝子を導入し、SP-A強制発現株を作成した。また、我々は以前にPC14PE6細胞をNUDEマウスに経静脈的に投与することでがん性胸水を伴う肺転移モデルを作成している。今回、同モデルを用いてSP-A強制発現株の肺転移形成能をMock発現株と比較したところ、強制発現株では優位に肺転移および胸水産生が抑制された。得られた腫瘍組織を用いて免疫染色を施行したところ、強制発現株ではKi67陽性細胞数の減少と、TUNEL陽性細胞数の増加が認められた。また、in vitroにおいて、強制発現株の増殖能はMock発現株と比較して低下していた。これらの結果から、SP-Aは肺がん細胞の増殖に抑制的に作用することが考えられた。今後、細胞周期関連蛋白に注目しSP-Aの肺がん増殖・進展における役割を分子レベルで検証していく予定である。これまで、サーファクタント蛋白の免疫調節機能に関わる研究の多くは病原体に対する肺の防御機能に関連するものであるが、本研究はサーファクタント蛋白によるがん抑制メカニズムを解明しようとしている点で独創的である。このメカニズムを明らかにすることは現在の方法では限界がある肺がん治療に対して新しい治療法の開発をもたらす可能性があり、臨床的に意義のある研究と考えている。
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