膵β細胞からのインスリン分泌障害は糖尿病の病状悪化の誘因である。内因性インスリン分泌能の改善は糖尿病の根治療法となり得る治療法である。甲状腺ホルモン受容体(TR)は核内ホルモン受容体スーパーファミリーに属する転写因子で膵臓、肝臓の器官形成における作用が報告されている。TRα遺伝子を発現するアデノウイルスベクター(AdTRα)を作成し、膵β細胞TRα遺伝子を強制発現させ、細胞増殖の変化、細胞周期の変化、細胞周期制御調節因子蛋白の発現レベルの変化について検討を行った。in vivoにおけるTRαの作用を明らかにするため、膵β細胞を特異的に障害する作用があるストレプトゾトシン(STZ)を投与し作成した糖尿病モデルマウスに対し、AdTRαを膵臓に注入し、膵島の形態変化、糖尿病モデルマウスの血中のインスリン濃度および血糖値の変化、ブドウ糖負荷に伴うインスリン分泌能の変化につき検討した。AdTRαを感染させた細胞では、添加したT3の容量依存性に細胞増殖が見られた。TRαを発現させた細胞ではT3を添加した群では添加しなかった群と比較してG0/G1→G2/Mへの細胞周期の進展が促進されていた。また、同条件下でT3を添加したAdTRα感染RIN5F細胞ではcyclinD1の蛋白発現の増加とリン酸化Rb(活性型Rb)蛋白の増加が見られ、膵β細胞において、T3はTRαを介してcyclin/CDK/Rb/E2F経路の活性化し、細胞増殖を誘導していると考えられた。STZを投与し膵β細胞を特異的に障害を起こさせたマウスでは、STZ投与14日後でβ細胞面積は著しく縮小し、血中インスリン濃度の低下と高血糖が見られる。AdTRα投与群で14日以降経時的に、β細胞面積は有意に増加し、STZ投与後21、28日以降、血中インスリン濃度は有意に増加し、血糖値は低下していた。AdTRα投与群では、ブドウ糖負荷後、インスリン初期分泌の反応がみられ血糖値もAdTRα非投与群と比較して有意に低下していた。in vivoにおいてもTRαを介し甲状腺ホルモンは膵β細胞の細胞増殖調節機構の活性化やインスリン発現細胞を誘導し得ることが明らかになった。
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